2010年1月31日日曜日

Create on ONLINE

■締め切りはいつもギリギリ
「おもしろき こともなき世を おもしろく」
と言ったのは高杉晋作だけど、この言葉には大いに共感する。
世の中が面白くないなら、面白くすればいいだけの話なのだ。

そんな世の中を面白くしようとしていこうという若者が3人集まって、1ヶ月くらいあーでもないこーでもないと言いながら、企画を考え、それがこのたびようやっと完成した。

締め切りが29日の24時なのに対して、メールを送信したのが、23時59分という鬼畜っぷり。
なんだ・・・このデジャブ感は・・・。
なんか最近こういうの多くねw?

■今回の教訓
実は今回、作業をするにあたって、「ほぼオンライン作業」という初めての試みを行った。
というのもメンバーの1人がアメリカ在住な点と、自分が多忙なため平日に時間が取れないという点のせいである。

オンラインという意思伝達が不十分になりがちな環境と、
加えて「時差」や「週末作業」という時間的な制約も加わって連絡のやりとりはほぼほぼメールベースで行われ、直接的なやりとりは週に1回の日曜日朝10時~12時のSkypeミーティングのみ。
ここまでオンラインでの作業はさすがに初めてだったので各人のタスクコントロールとスケジューリングの調整に難航した感もあった。

だが、実感としては「オンラインでも十分に作業できるな」という感想。
注:ただし、Google様がいる場合に限る。

いちおう、オンライン作業に必須の三種の神器としては
1)Skype
2)DropBox
3)Google Document
なわけだが(メールはもちろん必須道具)、Google様の貢献度がひときわ大きい。
Skypeがなくてもgoogle waveでやりとりできるし、
結局使わなかったが、PPTだって共有しながら作成できる。

とりわけ、この「共有」しながら作成できるという点と、「いつでもどこでもファイルをいじれる」というのがものごっつ大きい。

Google Documentでファイルを作成しておけば、それこそ通勤中のiPhoneで確認できるし、
メールも飛ばしてメンバーに指示出しできる。

企画書の作成期間は本当に週末起業をしている感覚だった。

■アイデアの共有にも四苦八苦
作業がオンラインということは当然、意思疎通もオンラインということだ。
メールが何百通と飛び交い、週末は国際Skypeをし、何度もアイデアをバージョンアップさせていった。
一度、これだ!という3人の妥協が見れたアイデアに辿り着いても、
どうしても自分がしっくり来なくて、そのアイデアのエッセンスを組み込んだアイデア(最終案の雛形になったもの)を閃いたその日の内に、
職場の無線LANが通っているカフェに行き、
7時間の時差があるサンフランシスコにSkype電話をしてコンセンサスを得て、
その日の深夜に日本のもう一人のメンバーに確認を取る

・・・というグローバルな意思疎通を行って形にできたわけだ。

学生のときも割と色々なメンバーで企画書を作成したが、
この様なオンライン環境で作り上げたのは初めて。

順調に行けば3月にプレゼンのはず。
がんばる!

2010年1月20日水曜日

Dense Discussion

■元はてなの川崎さんと濃密トークをしてきた
あんま記事を書いていないもうひとつのブログ84-dialog経由で、元はてなの川崎さんと4時間くらいの濃密なトークをしてきた。
なんだろうな。

確か8個上くらいだった気がするんだけど、
この年代の人でこういう熱い志を持った人というのは本当にアンテナの感度が高い。
我々は84年生まれで、言ってしまえば「高校時代に携帯電話文化があった世代」。
当たり前のように使っているこの携帯文化も上の世代にとっては、アンテナの感度を高めなければ追っていけない文化なはずだ。
(逆に言えば、我々は今の高校生の「プロフ」文化を感度を高めなければ知覚できない)

本当に刺激的で濃密な4時間だった。
今度はぜひ、お酒が入った席でお話ししたい。
(自分はお酒飲めないけど)

2010年1月16日土曜日

男塾飲み(2010)

■「男塾飲み2010」を開催してきた
中学から続く気心の知れた奴らとの通称「男塾飲み」(メンツが男しかいないので)が今年度も無事に行われた。

去年を振り返ると、どうやらほぼほぼ同じくらいの時期に開催されていたっぽい。

しかし、まぁ・・・なんというか。
どうしようもない話ばっかりしてきたなw
「過去の話」と「今なにしているのか」の話がほどよくブレンドされていたわけだが、面白いのが「社会人は自分だけ」ということ。

なんで7人もいる飲み会で、博士課程が3人、修士課程が1人(この子は後輩だが)、海外の大学が1人、資格試験勉強中が1人と世間的にみると外れ値ばっかり揃ってしまったんだろう・・・(笑)

おかしい・・・おかしいぞ!
自分が「まともなポジション」にいること自体がなんかおかしい。
この魔空間では、常識ということばが適用されないらしい。
さすが、元「ダメ人間共同体」という名前だった飲み会なだけある。

とりあえず来年はひとり修士課程が終わるのでもう1人社会人が増えることを祈るのみだ。


あとなんだろうね・・・。おれ、太ったな・・・orz

2010年1月3日日曜日

2010

■今年もどうぞよろしくお願いいたします
どうも。るをんです。
右の写真は某T氏のオタマジャクシに対抗して作られた「るをんくん」です。
早速今年の年賀状に使わせてもらいました。

主に余白のスペースのお茶を濁す係として。



■今年の年賀状について
そうそう。年賀状についてだけど、今年は今までもっとも遅く出した。
ぶっちゃけてしまうと、1月1日にポストに投函するという失態を犯した。

出さないと決めていたわけではなく、はがき自体は買っていたし、ToDoリストの中にもしっかり組み込まれていた(元々カウンター使いではない)。
年末に書けなかった理由は多々あるが、『年賀状』という存在自体のプライオリティーが低かったんだろうな。きっと。

そのせいで、恩師の方から先に年賀状を頂いてしまう始末。
は・・・恥ずかしい!orz

結局なんだかんだで、いつもtwitterなんかでやり取りしている高校の級友は割愛し、学生時代の恩師や、普段連絡を取れていない友人のみに今年は年賀状を遅ればせながら、お送りさせて頂いた。

■『年賀状』というメディアについて
そういった個人的な話は置いておいて、
誰かとの議論にも出てきたが、年賀状って「時代に合わなくなったメディア」のひとつだよねという話。

ソーシャルメディアが発達し、いわゆる『かつては強い紐帯だったけど、今は弱い紐帯の人々』(同級生とか会社の元同僚とか)との連絡手段として年賀状が唯一絶対のものでなくなったため、年賀状自体の価値が減少してしまっている。

年賀状を送ることの価値としては
1)情緒的価値:『はがき』という古きよき紙メディアによる近況報告
2)儀礼的価値:『送ること』が半ば既成事実化され、行為そのものが礼儀にあたる
3)機能的価値:『1年に1度の連絡』という、普段会っていない人への近況報告

ここらへんの3つだろうか。
(ビジネスで送ることの価値は2だと思われる)


こう整理したときに面白いのは、1と2の価値が損なわれていないのに3の価値が他のメディアによって代替されただけで、「時代遅れ」と認識してしまったことだ。


そう、年賀状って実はまだまだイケるんじゃないか。と書いていて思ってきた。
Emailよりも『はがき』という紙メディアのほうが、(おそらく万人が)温かい雰囲気を感じるだろうし、
互いに『送ること』が既成事実となっている風習ってあまりない(あとはお歳暮とちょっと弱いけど暑中見舞いくらい?外国だとクリスマスレターとか)

そういった意味で、送る手間暇を大幅に削減したmixi年賀状とかは割と好きなアイデアだったりする。


年賀状より手軽に3の価値を代替できるメディアが多数登場してしまったから年賀状は減少傾向が続いているのか。
ただ単純に「時代に合わなくなっただけなのか」。

年賀状ビジネスって結構もっと面白くプロデュースできそうな気がする。
(結局、3つあわせた全ての価値よりも、「面倒くささ」が勝っているのが大きな要因な気するね。第4の価値とか機会があれば提案してみたい)